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Story

Vision01

Story 1-1 【ウィスカの旅立ち】

 ウィスカ・アリアンロッドは、ごく普通の少女である

 物心ついたときから、共に暮らしている祖父と二人三脚で薬屋を経営してきた。最初はもちろん手伝い程度であったが、今ではすっかり近所でも評判の看板娘。明るい笑顔と優しい心を持つ、文字通り村人たちの癒しになる少女だった。
 共に暮らす村人たちに薬を提供し、買い出しに向かえば世間話に花を咲かせ、祖父と交代で作る食事を味わい、趣味の読書や薬学の勉強に精を出す……そんな、穏やかな日常こそが、ウィスカの全てだった。

 こんな日々がずっと続くのだろう。
 隣にいる人はいつか変わるかもしれないけど……そしてその人が素敵な人だと嬉しいけど……などと素朴な幸せを夢見つつも、ウィスカは今の生活に満足していた。

 だが、そんな日々は突然終わりを告げる。
 幸いだったのは、その終わりが悲しいものでも、辛いものでもなかったこと。
 ある意味では、それはウィスカにとって、始まりの出来事だったのかもしれない。

 よく晴れた、洗濯日和の春の一幕。
 ウィスカが18才の誕生日を迎えた、大切な日のことだった。


 

「あれ? お爺ちゃん?」

 開いた扉の向こうに、ウィスカは声をかけた。返事はない。
 どうやら、祖父が奥にいるわけではなさそうだ

 ウィスカの家でもある薬屋「ミアハ」はごく普通の一軒家を少し改装した作りをしている。
 木造の一戸建て、入り口の木の扉があり、開けばお店のカウンターと薬草や調合された薬品の並ぶ棚があり、カウンター奥の扉の先には廊下が続いている。
 廊下には5つ扉があり、祖父の部屋、ウィスカの部屋、食事を取るキッチンもかねたリビングと、倉庫にしている部屋、そして裏口とそれぞれに続いている。  部屋数はあるけど部屋1つ1つはこじんまりとしている、でも狭すぎず広すぎず、祖父と2人で生活するにはちょうど良い、そんな家だ。

 ただ、この家には1つだけ、ウィスカが1人で入ってはいけないと言いつけられている部屋があった。
 倉庫の奥にある扉。普段は道具や店の在庫を入れた箱に塞がれている部屋だ。

 幼い頃から祖父に

「この中には危険な薬品もあるからな、決して1人で入ってはならんぞ」

 と強く言い聞かされている。
 ゆえに、ウィスカは祖父が奥で何か道具か薬品を探しているのだろう、と思ったのだが。

「お爺ちゃん?」

 もう一度声をかけてみるものの、やはり返事はない。

 ウィスカは悩んだ。
 奥に行ってみるべきか、やめておくべきか。

 一人で入ってはいけないと言い聞かされているものの、ウィスカも今日で18歳。そろそろ大人の仲間入りをしたと言っても過言ではないはずだ。
 言いつけを守らないのは良くないことだけど、もしこれで奥に泥棒が入ったりしていたらもっと大変なことになってしまう。

 幸い、ウィスカは魔法もしっかり使える。
 ちょっとした魔物ぐらいなら一人で追い払えるぐらいの力は発揮できるし、つい最近も森で困っている様子だった少女を助けたばかり。
 祖父から教えてもらった『翠翼』の魔法。様々なものを活性化させ、怪我を治療する手助けをしたり用心棒を生み出したりできる、便利な魔法だ。

「……よし!」

 いざという時のため、ウィスカは持っていた魔石に魔力を込め、妖精を一体呼び出した。
 小さな存在だがそれでもしっかりと魔力を込めた使い魔であるため、ちゃんと頼りになる。ちょっとした魔物ぐらいなら惑わせてしまう、立派な使い魔なのである。

「妖精さん、いざという時はお願いしますね

 周囲を飛び回る妖精にウィスカが笑いかけると、妖精は応えるようにウィスカの頬に軽く口づけをした。

「お、お邪魔しまーす……」

 ウィスカは自宅だというのに、緊張しながら扉をくぐった。
 奥は埃っぽく、明り取りの窓から差し込む日差しがキラキラと輝いていた。

 部屋自体はとても狭く、置いてあるものもほとんどない。
 テーブルが1つあり、その上に見たこともない銀色の円盤が飾るように置かれていた。

「なんだろう、これ?」

 円盤は不思議な魔力を放っていた。薄暗い室内でほのかに光を放つそれは、まるでウィスカのことを待っていたかのように明滅している。
 埋め込まれた3色の魔石と、見たこともないような装飾が綺麗だった。

 ――呼ばれてるような気がした。

 昔から、ウィスカはどこか、自分がいるべき場所はここではないような気がしていた。
 暮らしは素敵なものだし、隣人との関係も良好。一緒に暮らす祖父も優しいし、薬屋の仕事も勉強も楽しい。今の生活に対する不満は一切ないと言い切れるぐらい、大切な日々。
 それなのに、そうだというのに、ウィスカの心にはいつもどこか違う景色があった。

 ここではないどこか、自分ではない自分、そういうものが、今の生活とは違う場所で見つかる……そんな予感が、ずっと彼女の中にあった。
 漠然とした、まったく子供じみた空想だと、ウィスカはよく自分を笑っていた。

 でもその予感が今、目の前に形を取って現れている。そんな気がしてならなかった。
 新しい世界への鍵、未知への扉、わずかな不安と大きな希望が、今か今かとウィスカの胸を心音と共にノックする。

 ごくり、と唾を飲み、ウィスカはそっと手を伸ばす。
 そっと振れた瞬間、バチリ、と電流が走ったかのような感覚が体中を駆け巡り、ウィスカの目の前は真っ白になった。


 

「……ィスカ、ウィスカ!」

 自分を呼ぶ声にウィスカが目を開くと、目の前にはよく見知った祖父の顔があった。
 心配そうに自分を抱き起こす姿に、ウィスカは何があったのか察する。どうやら気絶してしまっていたらしい。

「どこにもいないと思ったらこんなところで倒れて……まったく、心臓が止まるかと思ったわい」
「お爺ちゃんが言うと冗談でも怖いよ」

 苦笑いを浮かべるウィスカに、祖父はホッとした顔をする。

「どこも痛いところはないかい? 体で変なところは?」
「大丈夫。……ごめんなさい、1人で入っちゃダメって言われてたのに」
「いいや、ワシの方こそ開いたままにしておくとは不注意だった。とはいえ、ふむ……」

 祖父はウィスカを抱きかかえたまま、何か思案するように顔を上げた。
 視線の先には、ウィスカが先ほど振れた円盤がある。

「お爺ちゃん?」
「時が来た、ということか。本当なら今日のお祝いをしてから話そうと思ってたんだがなぁ……」

 どこか上の空な様子で寂し気に呟く祖父を、ウィスカはただ見上げることしかできなかった。

「ウィスカ、もう動けるかい?」
「うん、大丈夫」

 体を起こして軽く手を握ったり開いたりしてみる。
 痛い部分もなく、眩暈のようなものもしない。健康そのものだった。

「じゃあ、少し話をしよう。気分の落ち着くお茶を用意するから、お湯を沸かしておいておくれ」

 祖父はいつもと同じような、にこやかな笑みを浮かべている。だというのに、ウィスカは普段と違う雰囲気を感じて、頷きだけを返していた。
 部屋を出て行く背中を見つめながら、話とはなんだろう? と首を傾げる。

 ひとまずお湯を沸かそう、とウィスカは立ち上がり、ふと、変わらず置かれている円盤に視線を向けた。
 相変わらず円盤は淡い光を放っていたが、もうウィスカには呼ばれているような感覚はしなかった。

 あれはいったい何だったのだろう……疑問は募るが、ウィスカに分かることは何もない。
 悶々とした気持ちを抱えながらも、ウィスカはお茶の用意するためリビングに向かうのだった。