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Story

Vision01

【 グラースの村と赤い出会い2】
「なるほどのお、狼が……」

「村までくることはないと思うけど、森に行く人には警戒させた方がいいと思うぜ」

「そうじゃな、報告ありがとう、リュミエル」

 お茶を啜り、村長は魔石を取り出すと妖精を呼び、窓から外へと飛び立たせた。

「それにしても、よく無事で逃げ帰れたな、2人とも」

「リュミエルがね、魔法を考えてくれたの」

「ふむふむ、どのような魔法だったんだね?」

「あのね、木が生えた鹿みたいな子をね――」

 村長に、これまであった出来事を熱心に報告するリュミエルとエクリエル。ウィスカは出してもらったお茶をゆったりと味わいつつ、2人の話が終わるのを待った。

 こちらはお茶請けに、と小皿に出された萎れた花を見る。

 花はすっかり萎れてはいたが、美しい色味は失っていない。紫の可愛らしい花弁が、くたりと身をもたげていた。

 これは、食べていいものだろうか? お茶請けと言われたわけだし、たぶん、大丈夫、のはず。

 ウィスカはドキドキしながら、花を1つ手に取った。少しざらつく肌触り、何かがまぶされているらしい。白いし、砂糖だろうか?

 試しに1つ口に含んで、じわりと広がる甘さに思わず口元が緩む。かすかに感じられる花の香りと砂糖の甘味が、優しく美味しい。ハーブや果実とはまた少し違った味わいだ。

「はは、気に入っていただけましたか」

「おいひいです!」

 にこにこと笑いつつ、もぐもぐ口を動かすウィスカに村長も笑顔を返す。

「春先に咲いた花を砂糖漬けにしたものでしてな。妻が好きで毎年作っているんです」

「これ、いいですねぇ。私も今度真似してみます」

「お気に召したのでしたら、いくつかお分けしましょうか?」

「いいんですか!? あ、でも、私手持ちが少なくて……」

「気にせんでください。売り物になるようなものでもありませんし、何よりこの子たちの命の恩人ですからな」

 どれ、と立ち上がろうとした村長だったが、

「村長!」

 そこに、村人が駆け込んできた。

「おお、どうした?」

「この間見つかった魔石の埋まってそうな土地があったろ? あそこで鉱脈を掘り当てたんだが……」

「そうかそうか。ふむ、その様子じゃと、色は違ったか」

「ああ、赤だった。赤の魔石がザクザク出てきた。ありゃ赤の集落が来るまで保管しといて、交換に使うぐらいしかできそうにないな」

「まあ仕方あるまい。色は違えど魔石ではあるしな、多少の使い魔なら呼べよう。村の者たちで分け合い、残りは保管するとしよう」

「そうだな。じゃあ、ちょっくら残りを掘り出してくるわ」

「気をつけてな」

 村人が出て行くのを見送って、村長は改めてウィスカに笑顔を向ける。

「すみませんな、騒がしくて」

「いえ……あの、強い魔力を感じましたけど、この近くで魔石が?」

「ええ。先日多くの魔石が眠っていそうな場所を見つけましてな、村の若い者たちが掘り進めていたのですが、どうやら我々が必要とする緑の魔石ではなく赤の魔石だったようです」

「赤の、魔石……」

 ウィスカの生まれた村では、ずっと緑の魔石を使ってきた。他の色の魔石があることもウィスカは知っていたし、自分たちとは違う魔法を使う人たちも、そして違う色の魔石を使う人たちがいることも知っていた。

 だけど、実はウィスカは他の色の魔石を見たことがなかった。

「あ、あの、それ、私も見てみたいんですけど、いいですか?」

「魔石の鉱脈をですか? 構いませんが……」

「ありがとうございます!」

 村長が驚きながら頷くと、ウィスカは残ったお茶を飲み干し、ウキウキしながら村長宅を飛び出した。

 途中、道行く村人に場所を聞きながらどんどん歩いて行く。

 ウィスカは歩きながら、強く魔石に惹かれる自分を不思議に思っていた。

 魔石自体はこの世界中どこにでもある普遍的なものだ。鉱脈、というものは珍しいと聞くが、それでも森を探索すれば簡単に緑の魔石を手に入れられる。子供でも手に入るような代物である。

 だというのに、ウィスカはその赤の魔石というものに強く興味をそそられていた。

 ……予感がしたのだ。

 村を出る前、家の奥で見つけた銀の円盤。今も鞄の中にあるそれに触れた時のような、自分を変えてくれる、何かがある。そんな予感だ。

 ただの魔石にそんな力があるとはとても思えないけれど、だとしても、この予感に裏切られるとも考えにくい。

 実際、ウィスカはその予感に身を任せ、旅に出ることを決意した。だとすれば、今回も何か、自分の未来に関わるきっかけをくれるはず。

 しばらく歩いて、村のはずれにやってきたウィスカはわいわいと騒がしい男の人たちの声に気付いた。

 声のする方に向かうと、

「わぁ……!」

 大きく掘り進められた地面の向こうが真っ赤に染まっていた。

 紅色の輝きが茶黒い土を照らしている。穴の底では数名の青年やおじさんが魔石を取り出してはバケツに入れていた。

 バケツには縄が通されており、縄は穴の横に用意された滑車に繋がっていた。滑車の横に立っていた男性に穴の中から合図が飛ぶと縄が引かれ、バケツが穴の外へと運ばれていく。

 これを繰り返す男性たちを見て、ウィスカはふらふらと穴の方に近づいていた。

「お、おい、お嬢ちゃん、危ないぞ!」

「へ?」

 言われて、ウィスカは危うく穴の中に落ちそうな自分に気が付いた。慌てて穴から離れる。

「すみません、ぼーっとしてて……」

「気を付けなよ? つーか、見ない顔だな」

「あ、はい、私、旅をしてるんです。ウィスカって言います。こちらにはさっき来たばかりです!」

 ぺこり、とお辞儀をして満面の笑顔を見せるウィスカに、魔石の入ったバケツを持った青年は少し照れながら言った。

「お、おう……何もない村だけどよ、ゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます。あの、もう少しここで見てていいですか?」

「構わないよ。落ちないようにだけ気を付けてな」

「はい、ありがとうございます!」

 もう一度ぺこりと頭を下げて、ウィスカは再び穴の中をじっと覗き込む。

 真っ赤な魔石たちが、穴の底にはいくつも転がっていた。

 ウィスカの使える『翠翼』の魔法には、緑の魔石を使う。

 魔石は、色によって司っている魔力が違う。例えば緑であれば自然や大地に根差したもの、生命や人の持つ夢や希望に関わる魔力。赤であれば大地の中でも深くに存在するマグマだったり炎や熱、願いを叶える星々の力、といった具合だ。

 ウィスカの使う『翠翼』の場合、様々なものを活性化させる魔法のため、生命力に関わる緑の魔石が必要になってくる。

 そしてウィスカが使える魔法は『翠翼』だけのため、赤の魔石を使う場合は色に関係のない使い魔を呼ぶ時ぐらい、のはずなのだが。

 魔石を見ながら、ウィスカは考えていた。

 祖父に言われたこと、ウィスカの両親が持っていたという力――『幻色』の力について。

 自分の中にある可能性、もしかしたら、自分にもその力があるのかもしれない、という期待に、ウィスカは胸が高鳴るのを感じていた。

「そんなに気になるのかい、赤の魔石」

 ふと、声をかけられて振り返る。

 先ほどバケツを運んでいた青年が、手に1つ魔石を持っていた。

「たくさんあっても俺らじゃ使えないし、良かったらやるよ」

「いいんですか?」

「ああ。ま、色は違っても魔石は魔石だしな。何かしらには使えるさ」

 見た目も綺麗だしな、と笑う彼に、同じく笑顔を返してウィスカは魔石を受け取る。

 手の中で輝く赤の魔石を見て、ウィスカは期待に胸を膨らませたが、同時に思った。

 赤の魔法って、どうやって使うんでしょう? というか、どんな魔法があるんでしょう?

 ウィスカは今まで、緑の魔法しか使ったことがない。

 魔法を使うには、魔力に方向性を与えなければいけないのだ。使い魔がほしいならどんな使い魔がほしいか、魔法を使いたいならどんな魔法が使いたいのか、ある程度具体的な方針を示してあげなければいくら魔力を込めても魔法は発現しない。

 赤の魔法が使える人に話を聞ければいいのですが……なんてことを思い、村長にこの村に赤の魔法使いがいないか聞こうと思ったその時。

「襲撃だー! 盗賊たちが襲ってきたぞー!」

 村の方から怒声と悲鳴が聞こえてきた。

「なんてこった、おい、行くぞ!」

 穴の奥へと叫び、青年が走り出す。

 穴の中にいた数名も、慌てた様子で縄梯子を上り始めた。

 彼らの様子を見て、ウィスカも思わず走り出す。

 今まで味わったことのない、でも、これまでのワクワクしたものとは違う、嫌な予感がウィスカを襲っていた。