
Story

Vision01
【 グラースの村と赤い出会い4】
レスタのテントで世話になっていたリューンは、夜中に胸騒ぎがして目を覚ました。
見ると、横で寝ていたはずのレスタの姿がない。逆隣にいるステラはぐっすり眠っていた。彼女を起こさないようにそっと寝床を出て、そのまま外に向かう。
「おや、起こしちまったかい?」
月明かりの下、満月を背負うように立っていたレスタが微笑む。
炎のように真っ赤な髪をいつものように1つに束ねていた姿を見て、リューンは聞く。
「どこかに出かけるんですか?」
「ああ、ちょいとね。あんたたちには関係ないことだからもう少し寝てな。夜明けまではまだずいぶんある」
「は、はい」
有無を言わせない迫力を感じて、リューンは少し怯えながら頷く。
白い光の中、夜の闇から浮き出てきたかのように褐色の肌や赤色の髪が輝いて見えた。
どこか神々しさすら感じる様子の彼女は、いつものサバサバとした姿とはまったく違うように思える。
その差異が、なぜかリューンを不安にさせた。
「あの、レスタ姉さん」
「なんだい?」
「姉さんは急にいなくなったりしないですよね?」
その言葉に、レスタは少し目を見開き、クク、と笑った後、リューンの頭を優しく撫でた。
「怖い夢でも見たかい?」
それに、されるがままになりながらリューンは少し俯いて答える。
「なんだか、このままレスタ姉がどこかに行ってしまうような気がして」
「なるほどねぇ……」
「あの、どこかに行くなら、僕も一緒に――」
「ダメだ」
リューンの言葉をさえぎるようにして、レスタは優しく、しかし反論を許さない力強さで続ける。
「お前はステラを守ってやらなきゃなんないだろ? そりゃまあ、今はまだまだ弱っちい、なんならステラの方が魔法も上手なぐらいだけど、あんたはきっと大きくなるし、強くなる。自分の力とちゃんと向き合えればね」
「……」
「さ、もう寝な。大丈夫、明日いきなり死んでたりはしないよ」
「……はい」
とぼとぼと、仕方なくリューンはテントに戻る。
入り口に手をかけ、ふと振り向くと、レスタは一瞬だけとても寂しそうな顔をして、それから笑顔で手を振ってくれた。
リューンは手を振り替えし、テントに戻る。
そしてこれが、リューンがレスタと話した最後の時だった。
「盗賊が最近暴れてる、ってのは聞いてたけど、まさかレスタ姉がリーダーだったなんて……」
信じられないような顔で食事の手を止めてしまったステラに、リューンは励ますように笑った。
「でも、元気そうで良かったよね」
リューンの言葉に、ステラはぎょっとした顔を向ける。
「何も良くないでしょ!? 確かに元気だったのは良かったけど、それであのレスタ姉が人を襲ってるなんて、何かあったに違いないよ!」
「でも、盗賊のメンバー、じゃなくて、盗賊のリーダー、だよ?」
「それは……」
「もちろん、僕だって何か理由があると思うけど。僕らはその事情も知らないし……」
リューンはそう言って俯いてしまう。
2人が持つ器の中身はすっかり冷めてしまっている。
パチパチと焚き火の音だけがテント内に響いていた。
「……聞きに行けばいいんだ」
「……えっ?」
沈黙を破ったステラの言葉にリューンは彼女の方を見る。
ステラは目を輝かせ、自信満々の様子でリューンを見返した。
「直接聞きに行けばいいんだよ! それでレスタ姉が間違ってることをしてるんだったら私たちで怒ればいいし、事情があって仕方なくやってるんだとしたら別の道を一緒に探してあげればいい! うん、私天才じゃない!?」
肩を掴んで迫るステラの勢いに、リューンは完全に面食らっていた。
何を言っているんだ、この妹は。
「そうと決まれば村長に言わなきゃ! すぐ見つかるとも限らないし、旅の準備もしないとかなー」
よーし、と器の中身をかき込むステラに、我に返ったリューンはぶんぶんと首を横に振った。
「いやいやいや、ステラ、何を言ってるの! そんなのできるわけ――」
「できるよ」
ステラはまっすぐにリューンを見て、不敵な笑みを浮かべる。
「できる。私たちが知ってるレスタ姉がレスタ姉のままなら、きっとできる。だからリューン、力を貸して。私1人じゃきっと難しいから。でも、2人なら」
そっと、食べ終えた器を置いてステラは手を合わせる。
「ごちそうさまでした。……じゃ、私は村長のとこ行ってくるね!」
笑顔で飛び出して行くステラに、リューンはあっけにとられていたが、残された自分と手元の器を見て、考える。
このまま、またただ見送ってしまったら?
そして今度は、ステラまでいなくなってしまったら?
それは、それだけは、絶対に嫌だった。
「……ああもう!」
リューンも残りの食事をかき込んで、走って村長のテントに向かう。
「なんでダメなんですか!」
テントの中から聞こえるステラの声に、一緒に来なかった自分を呪う。
ステラは感情的になりやすい。ただでさえ少し荒っぽい気質なのだ、やると決めたことを止められた時の彼女はなかなか折れない。
「ならん。お前たちは確かにテントを渡されてはいるが、まだまだ2人で一人前だという自覚をだな」
「そういう話をしてるんじゃないの! 私たちはレスタ姉がどんなことを考えて盗賊なんてしちゃってるのか知りたいだけ! 無理して連れ戻そうとかは考えてないんだから! 会って話すだけのことが、なんでダメなの!?」
「それだけで済むはずがないだろう。だいたい、あのような者の考えなど知ったところで無駄だろうに」
「それを決めるのは村長じゃない、私たち! 私たちが知りたいから行くって言ってるの! あっ、リューン! あなたからも言ってやってよ!」
「やれやれ……リューン、お前からも言ってやれ、ステラの無謀を止められるのはいつもお前だけだ」
ステラ、村長からそれぞれ期待の込められた視線を向けられる。
リューンは1度深呼吸してから、村長に向かって真剣に言った。
「僕も、ステラと同じ気持ちです」
その言葉に、村長は驚き目を見開く。
「リューン、お前まで……」
「もちろん、ステラが言うような無茶はしません。僕はまず、レスタ姉と対話ができる状況まで持ち込みたい、と思っています」
静かに、しかしはっきりと考えを伝えるリューンに、村長も少し冷静さを取り戻した様子で薄い髪を撫で付ける。
「……続けよ」
「はい。まず盗賊たちの情報を集めながら協力してくれる人を捜そうと思います。僕たちだけでは、武力に訴えられてしまった時に対話が難しくなってしまう。だから盗賊たちと戦えるだけの力を持つ人に手伝ってもらえるように動くつもりです」
「ふむ」
「そうして十全に準備ができたところで、初めて接触を試みようと考えています。これなら、僕らの危険性も少なくて済みますし、場合によっては盗賊たちを倒すことだってできるかもしれない。……これで、いかがでしょう?」
「ふむ……具体的に、その手伝ってくれる人、という者のアテはあるのかね?」
「それは、ありません。ですが、この集落で捜すよりは旅に出て捜したほうが確実だと思います」
真剣なリューンを見て、村長は深く考えた後、
「……分かった。では、2人にはその方法で盗賊たち並びにレスタと接触してもらおう」
「村長!」
ステラが嬉しそうに声をあげると、村長はそれを嗜めるように続ける。
「ただし! お前たちはあやつに情けをかけてしまう可能性がある。ゆえに、協力者を見つけたら1度集落につれてくるように。村の者で見極める。良いな?」
「はーい!」
ステラはもはや村長の話を聞いてもいないようだった。
リューンは逆に村長の条件に渋い顔をする。1度集落に戻れるぐらいの距離に盗賊たちが留まっていればそれもできるだろうが、実際は気軽にできると思えない。
「じゃ、私、準備しに行ってきます!」
考え込むリューンをよそに、ステラは村長のテントを飛び出して行った。
慌しい彼女に小さく笑ってから、リューンもテントを出ようとする。
「リューンよ」
その背に、村長が静かに告げる。
「2人を、頼むぞ」
2人というのが誰をさすのか考え、リューンは満面の笑みで頷いた。
「いよぉーし、じゃあ、出発!」
「そんなに勢い良く行く必要はないからね。まずは、人の多い街に行こう」
「うん!」
2人は魔法で呼び出した炎の鬣を持つ馬に跨り、集落を後にした。 彼ら2人がお人好しの協力者と出会うのは、まだ先の話。