
Story

Vision01
【 ウィスカとゴーレムと3人の剣士1】
カルマは右を頼む! フィルザは左を! 正面は私が引き受ける!」
ファイシネスの指示に答えるより早く、カルマはゴーレムに向かって走って行った。
直後、左側からはいくつも火柱が上がる。
「ファイシネス! 加減はなしでいいな!」
「構わん! 今回はさすがに数が多い!」
「了解!」
フィルザは不敵な笑みを浮かべ、地面にいくつかの魔石を並べる。赤色のそれらを繋ぐようにレイピアを振り、地面に陣を描く。
「さあ、派手にいこうか!」
彼女の言葉に呼応するように、地面に書かれた陣と魔石が輝いた。
赤色の光の中、炎の体を持つ竜が立ち上るように現れ、轟くような声で鳴いた。
ゴーレムたちを牽制するように軽く宙を舞い、フィルザを包むようにぐるりと体を回した炎の竜は一息つくように小さく炎を吐き出した。
「さあ、燃やされたいやつから前に出るがいい!」
凄まじい熱気を放ちながら、フィルザはゴーレムたちの方にゆっくりと進んでいく。
だが、ゴーレムたちが怯む様子はなかった。
もとより彼らは感情や心を持たない意思のない人形のような存在であり、それゆえ力仕事や人には負担が大きすぎる仕事を担う場合が多い。そして、戦闘に用いる魔法使いもそれなりにいる。
野生のゴーレムの場合、仕事や命令を受けているわけではない分、人に対しても躊躇なく襲い掛かってくる。彼らは生まれた意味や意義すら存在しないまま、ただ無意識に『生きよう』とする。その在り方は災害に近しい。
ただただ自分たちの生きる場所を守ろうと拳を振るう。自他の傷を顧みない無情の怪物、それこそが野生のゴーレムという危険生物である。
「フィルザ、突貫しすぎるなよ! 囲まれたら終わりだ!」
「分かっている!」
フィルザに相対するゴーレムたちは3体。そのうちの1体が手を伸ばすが、すでにそこに彼女の姿はなかった。
腕の下をくぐるように走り抜け、腕の付け根目掛けて彼女のレイピアが突き刺さる。
関節に当たる脆そうな部分、その中でも体を構成する岩と岩の隙間を縫って差し込まれたレイピアに、沿うように竜が隙間へと吸い込まれていく。
フィルザがレイピアを引き抜くと同時、わずかに空いた穴から炎が噴き出し、ゴーレムの腕を砕きながら竜が再び姿を現した。
体勢を崩すゴーレムを横目に、フィルザは続けて迫っている2体目のゴーレムの手をかいくぐり魔石を手に取る。
複数個を投げつけ、すぐに爆発させた後2体のゴーレムの背後から岩を持ち上げ振りかぶる3体目のゴーレムに向かって行く。
投げつけられた巨大な岩を高く跳んでかわし、中空でフィルザは魔石を手に取る。
「我が剣は流星の如く……」
言葉と共に魔力が込められた魔石が輝き、剣に竜が巻き付くように動く。
剣を覆うように燃え盛る炎は勢いを増し、彼女の体を包み込んだ。
炎の塊となったフィルザは身に纏った炎と共にゴーレムへと突っ込んでいく。
「はあああっ!!」
最初にフィルザが現れた時よりもずっと大きな炎を伴った突進。それはまるで隕石のように、ゴーレムが投げる岩など物ともせずに突き進んでいく。
やがてゴーレムとぶつかった瞬間、凄まじい爆発と共に巨大な火柱が上がった。それはゴーレム1体を焼き尽くすのに十分過ぎる程の炎であり、あまりの爆風に片腕の崩れたゴーレムと爆発で転がされていたゴーレムたちが再び体勢を崩してしまう程だった。
「ふははは、これだけの火力を出せるのもゴーレム相手だからこそだな! さあ、次といこう!」
力強くレイピアを振って構え直すフィルザに、やれやれ、といった具合にファイシネスはため息をつく。
「普段であれば彼女はとても高潔な淑女なんだけどね。戦闘となるとどうも、気分が高まっってしまうらしい」
「あはは、なるほど……」
フィルザの戦闘を横目に、ファイシネスの手伝いをしていたウィスカは苦笑いを返すことしかできない。
そんなファイシネスの戦闘はというと、
「さて、残りは2体かな」
ゆっくりと、しかし着実な一撃で少しずつ相手を撃破していくものだった。
手に持つ大剣は切るというより叩き潰すためのものだ。
人間が振るうには大きすぎるようなその剣を、恵まれた巨体に強化の魔法をかけて振り抜く。それはあまりにも剣技というより打撃武器の振るい方だった。
切るよりも断つ、叩き潰して折り潰す。剣よりも斧の方が扱いとしては近いように見えるが、それでも巨大な刃が振るわれることで切りつける範囲は斧などよりずっと広く、どの部分でぶつかったとしても相手を切り潰せる彼の剣は凄まじい破壊力を持っていた。
事実、ウィスカの目の前ですでに1体のゴーレムは両手を切り飛ばされている。足元をウィスカの魔法で崩し、ファイシネスが腕を切り落としたゴーレムは無力化されており、地面の上でもぞもぞと動くだけだ。
剣を担ぎ直し、ファイシネスは改めて自分に肉体強化の魔法をかけ始める。
「ウィスカちゃん」
「は、はい!」
ファイシネスは慣れた手つきで魔法をかけながら、右側、カルマが向かったゴーレムたちの方を見た。
「悪いけどカルマの方を手伝ってきてはくれないかな? 彼はいつも私たちよりずっと早く仕事をこなす。その彼がまだこちらに来ていないということは、苦戦しているか策を弄しているかのどちらかだ。何にしても、手助けがあった方がいい。こちらは私たちでなんとかするからカルマのことをお願いしたいんだ」
「分かりました! えーっと、それじゃあ、これだけ!」
ウィスカはそう言って、緑の魔石をいくつか取り出す。
地面に倒れている四肢を失ったゴーレムに近寄り、魔力を込めた魔石をその背に並べる。そして、さらに魔力を流し込み、体を再生させていく。
やがて立ち上がったゴーレムは、ウィスカ達に敵意を向けることもなく、静かに佇んでいた。
「彼のお手伝いをしてあげてください」
ウィスカがそう言うと、ゴーレムは頷くような動作を1度して、ファイシネスの方へと歩み寄った。
「この子、私たちの味方として動いてくれるはずですから、指示を出してあげてください!」
ウィスカはそう言って、急いでカルマの向かって行ったゴーレムたちの方に駆け出した。
再び動き出したゴーレムに見下ろされ、ファイシネスは驚きながらウィスカを見送る。
「半壊しているとはいえ、まだ動くゴーレムを自分のものにするとは……本当に何者なんだ、あの子は?」
呟きながらも、ファイシネスは迫るゴーレムの拳を大剣の腹で受け止める。
「まあいい、聞くのは終わったらだ。ゴーレムくん、もう1体を頼むぞ!」
ゴーレムの拳を押し返し、大きく体を捻り振りかぶった大剣を振り下ろす。構成する岩々を砕きながら、彼の剣はゴーレムの手首から先を切り離す。
その横を抜けて行き、もう1体のゴーレムに対してウィスカのゴーレムは殴りかかる。
重い巨体同士がぶつかり合う衝撃が辺りに響いた。
背後で響く大きな衝撃音と、合わせて時折聞こえる爆発音。
フィルザとファイシネスの戦い方は派手で激しい。
その分、カルマの向かった方はまるで戦闘音が聞こえないことがウィスカは気になった。
カルマのことを心配し、全力で走った先で、
「えっ、これ、さ、寒い……!」
ウィスカは立ち止まり、足元の氷に気が付く。
岩や多少の木々で死角になっていたこちら側に、急いでいたとはいえ無警戒で来てしまったことを軽く後悔する。
周囲はすっかり凍り付いており、漂う冷気に吐く息が白くなってしまう程だった。