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Story

第1

Vision01

Story 1-3【ウィスカの旅立ち】

 ウィスカが故郷を離れて数日。
 

「よろしくお願いします」
「あいよ! 嬢ちゃんが乗ったら出るから、準備できたら声かけてくれな!」
「分かりました!」

 ウィスカは村から村を走る馬車に乗っていた。

 ウィスカの暮らしていた村から少し東に進んだ集落は、比較的発展に意欲的な村だ。

 一帯が森と山に覆われている分自然は豊かだが、逆に言えば文明からは遠ざかってしまう環境。

 生まれも育ちも自然と一緒だったウィスカにとっては過ごしやすい場所だったが、それでも人は少なく刺激も薄いここらでは新しい経験も少ないですね、と考えた結果、彼女はまず人の多い発展した街に出ることにした。

 とはいえ、ウィスカの故郷から歩いて向かうのは無謀な距離。女の子の1人旅ということもあるため、できるだけ平和に安全に進むことにした。

 村間を馬車で乗り継ぎ、それでも2日ほどかかると知った時はウィスカも驚いたが、今では急ぐ旅でもないし、と開き直ってのんびりと楽しむことにしていた。


 

「隣、失礼しますね」
「うん、どうぞ!」
「……どうぞ」

 すでに馬車に乗っていた2人に笑顔を向け、ウィスカは腰を下ろした。

「発車してくださーい!」
「あいよー!」

 野太い御者の声と共に、馬車がゆっくりの走り出す。

 歩いている時の何倍も感じる地面の凹凸を味わいつつ、ウィスカはきょろきょろと周囲を見回した。
 ウィスカの乗っている馬車は、幌のついていないタイプだった。雨の際はどうするのだろう? なんて疑問を浮かべながら、ウィスカはのんきに木々の緑を眺める。

「……だから、こっちのが絶対かっこいいって」
「えー、でも私、かっこいいのよりもっと可愛いのがいいよぉ」

 隣に座る2人は双子のようだった。
 

 男の子と女の子、でも顔立ちが良く似ている。お揃いの帽子が可愛らしい。
 微笑ましく話す2人のやり取りに耳を傾けつつ、穏やかな日差しを浴びて伸びをした。
 すると、

「いてっ」
「リュミエル、大丈夫?」
「平気だよ。でもやっぱ揺れると痛むな」
「ごめんね、私のせいで」
「お前のせいじゃないって。俺が転んだだけだろ」
「でも……」

 双子のうち少年の方は痛そうに顔をしかめ、自分の足首を摩っている。よく見ると、細い足首が赤く変色して腫れあがっていた。
 

「大変! ちょっと良く見せてもらってもいいですか?」
「えっ」
「ああ、えっと、私はウィスカって言います。怪我をしてしまったんですよね?」
「は、はい……あっ、私、エクリエルです。こっちはリュミエルです」
「さっき少し転んで、足を捻っちまったんだ。大した怪我じゃないから、大丈夫だよ」
「でも痛むんですよね? 大丈夫、私に任せてください」

 ウィスカの笑顔に少し考えてから、リュミエルは患部から手を離した。
 すっかり腫れてしまっている。これでは歩くのも辛いだろう。

「これなら……」
 

 ウィスカは鞄から魔石を1つ取り出した。
 緑に輝くそれから魔力を抽出しつつ、薬も取り出す。薬草をいくつか混ぜ合わせ、ペースト状にすり潰したものだ。

 患部に薬を少し塗り、そこに魔力を加える。

「ちょっとムズムズするかもしれませんけど、我慢してくださいね」
 

 そう言って、ウィスカは『翠翼』の魔法を行使した。
 

 様々なものを活性化させる『翠翼』の魔法は、肉体の活性化を促すことで治療や一時的な筋力増強などを可能とする。植物の生長を早めたり、魔石の魔力を活性化させることで使い魔を呼んだりと、何かと便利で応用の効く魔法だ。
 

「うっ、なんか、変な感じだな」
 

リュミエルが顔をしかめる。エクリエルはそんな彼の様子を心配そうに見ていたが、やがて少しずつ、彼の足の腫れが引いていくのに目を見張った。
 

「すごい……! どんどん治ってく!」
「人の体はすごい治癒能力を持っています。すごいけど、本来なら時間がかかってしまうものなんですよね。その治癒能力を活性化させているんです。お薬も手助けしてくれてますから、完治とはいきませんけどすぐに歩けるぐらいにはなりますよ」

はい、おしまいです、とウィスカは笑って、薬を塗った上から清潔な布を当て、軽く固定した。
 

「まだ少し痛むかもしれませんけど、馬車が止まる頃には平気になってるはずです」
「おお、さっきよりずっと楽だ」

リュミエルは不思議そうに足を軽く動かしている。もうほとんど痛みもないようだ。
 

「ありがとうございます! って、あれ、お姉さん、その髪は……?」
 

 エクリエルは嬉しそうにお礼を言ったが、直後にウィスカの髪を見て不思議そうな顔をした。リュミエルも同じようにウィスカを見て首を傾げてる。
 

「そんな緑っぽい色、混じってたか?」
 

 ウィスカの髪は元々薄い青色をしている。早朝の空のような澄み渡った水色なのだが、その毛先がわずかに緑色に染まっていた。
 リュミエルたちの指摘に、ウィスカは恥ずかしそうに笑う。

「あはは、私、魔力との相性が良すぎるみたいでして……どうも魔法を使うと、その魔力に髪色が染まっちゃうんです。赤とか青の魔法は使えないので、この通り緑に変わっちゃうんですよね」
 

 少ししたら元に戻るんですけど、と自分の髪を少しいじり、困り顔をした。
 

「不思議……でも綺麗でいいですね、それ」
「そうですか? えへへ、ありがとうございます」

 それからも和やかな会話が二人と続けられたが、やがて痛みが引いたことで安心したのか、リュミエルが穏やかな寝息を立て始めてしまった。
 

「あれ、リュミエルってば寝ちゃった」
「エクリエルちゃんもお昼寝しますか? まだしばらく馬車はつかないでしょうし」
「はい、私もそうします。おやすみなさい、お姉さん」
「おやすみなさい」

 やがてエクリエルが目を瞑るのを見て、ウィスカもふわわ、と小さく欠伸をする。
 今日はぽかぽか陽気の穏やかな気候。風も少なく過ごしやすい、何をするにも素晴らしい日だ。あまりにも穏やかなおかげで、ウィスカもついうとうとしてしまう。

 こくり、こくり、といつの間にかウィスカは船を漕いでいた。馬車の振動に合わせて、小さな頭がふらふら揺れる。
 このまま寝てしまっても良いだろうか?

 次の村に着いたらきっと御者さんが起こしてくれるだろう。一緒に乗っているのは隣の双子だけだし、心配になるような要素も今のところはない。家を出てからこんなにゆっくりと穏やかさを感じるのは久しぶりなようにも思う。

 気づかないうちに気を張っていたのかもしれない、なんて考えている内に彼女の意識は消えていた。

 

 ふと気が付くと、ウィスカは見知らぬ空間にいた。
 

真っ白な世界。何もかもが存在しない、ただただ、白い空間だけが広がっている。光源はないのに暗くはない、寒さも暑さも感じない代わりに不快感はない、音も気配も何もない
 

けどそれを不安に思う要素もない。
 

何もない空間が、そこにはあった。
 

「ここは……?」
 

ウィスカは立ち上がり、辺りを見回す。
 

どうしてこんなところに? というか、ここはどこ?
 

疑問は浮かんでくるものの、ヒントになりそうなものさえ、ここには一つもない。
 

出ようにも出口すら見当たらない。そもそも自分が立っている位置すら地面と呼んでよいのかどうか。
 

不思議な空間だったが、なぜか恐怖心は沸かなかった。むしろ少し安心できるような気さえする、この場所は、
 

「ここは、あんたよ」
 

ふと、背後から聞こえてきた声に、ウィスカは振り返った。
 

ウィスカのすぐ後ろには3人の少女が背を向けて立っていた。
 

春に咲く花のような薄紅の髪と踊り子のようにも見える衣装の少女。
 

星が瞬き始めた空を思わせる群青の髪とどこか喪服のようにも思えるドレスの少女。
 

そして、若葉を髣髴とさせる浅緑の髪と給仕服をアレンジしたような服装の少女。
 

「ここはあんたそのもの。あんたの世界」
 

 薄紅の少女の鋭い声に、ウィスカは戸惑いながら返す。
 

「私の、世界?」
 

「そしてここは、これから先の未来を示す場所でもあります……」
 

 続けて、群青の少女は重く響く声音で神妙に言った。
 

「未来、ですか」
 

 浅緑の少女はウィスカの言葉に頷いて、しかし誰も振り向こうとはしないまま、さらに言葉を紡ぐ。
 

「鍵となるのは、あなたの想いですよぉ」
 

「感情、と言ってもいいわね」
 

「心の向く先、自身の気持ちと正しく寄り添うことができた時、あなたの未来はさらに大きく開かれます」
 

 3人の言葉に、ウィスカは不思議そうに首を傾げる。
 

「私の未来……どういうことですか?」
 

 ウィスカの問いに対して、三人はそれぞれに言葉を返した。
 

「そのままの意味よ。あんた、人の気持ちを考えるのは得意でも、自分の気持ちってのと向き合うのは苦手でしょ?」
 

「人に優しく、とずっと言われてきましたものね~。人がどう思うのか考えて、人が嫌がることはせず、人が喜ぶことをするように、って」
 

「もちろんそれは良いことです。美徳とさえ言われるべき、善良なることですもの……」
 

「だけどね、それだけで生きるってのは、難しいのよ」
 

「人の考え、気持ちは千差万別ですからねぇ。大切なものを守るため、大事な気持ちを守るため、誰かに優しくするために、また別の誰かとぶつかることもあるんですよ~」
 

「そんな時大切になるのが、あなたの気持ちなんです。あなたがどうしたいか、どうしたいと思うのか……強く想う気持ちが、体を揺り動かす強い感情が、あなたを強くする」
 

 彼女たちの言葉を聞いても、ウィスカは不思議そうな顔のままだった。
 

 抽象的過ぎて分からない、というのが本音。
 

 言いたいことはなんとなく、理解できるような気もするのだけれど。
 

そんなウィスカの思考を理解してか、3人のうち、薄紅の少女がウィスカの方を振り向きながら言う。
 

「ま、そんな難しく考えることはないわ」
 

 続けて、浅緑の少女と群青の少女も、ウィスカの方を振り返る。
 

「旅の中でいずれあなたも分かるはずですから~」
 

「必要な時に、少しでも思い出してくれれば幸いです。その時は――」
 

 振り向いた3人の顔に、ウィスカは目を見張る。
 

「私たちの力が、あなたを助けるから」
 

そこにあったのは、全てがよく見知った顔。18年間付き合ってきた、自分と同じ顔の少女たちがそこには立っていた。