
Story

Vision01

Story 1-4【ウィスカの旅立ち】
ガタン、と大きな音がした。
それと同時に馬車が揺れ、ウィスカは微睡みの中から現実に戻ってくる。
不思議な夢だったけど、あれは一体なんだったのだろう……?
夢の中と同じように首を傾げながら、ウィスカは横になっていた体を起こす。
すぐ横で双子もウィスカと同じように体を起こしていた。どうやら3人共深く眠ってしまっていたらしい。
前を見れば、御者さんの姿がない。馬車も止まっているようだ。
ウィスカが立ち上がると、
「嬢ちゃん、立ってると危ないよ!」
後ろから声がかかった。
振り向くと、そこには御者さんが荷台の背に手を付け、力を込めて押している姿があった。
「何かあったんですか?」
「ぬかるみにはまっちまってなぁ、もう乾いてるもんだと油断してたぜ。嬢ちゃん、できたら俺の合図に合わせて馬を引いてやってくれるか?」
「分かりました!」
ウィスカは言われた通り馬車を1度降り、馬車を引く馬に歩み寄った。
「ちょっとだけ、頑張ってね」
そっと馬の背を撫でてやり、手綱を持つ。
「よし、行くぞ! せーの!」
御者の掛け声に合わせてウィスカは馬の手綱を引く。
馬は引かれる通りに前に出ようとするが、馬車は動いてくれない。どうやらすっかり泥にはまってしまっているらしく、車輪が一向に動こうとしていなかった。
泥の中に石もたくさん詰まっているようで、がっちりとハマってしまった車輪は男の人1人でも転がりそうになかった。
「うーむ参ったなぁ……ここらじゃ人を呼ぶにも遠いし……」
御者さんは困り果てた顔で馬車を見つめていた。
「どうする? このまま先に行ってもらってもいいぜ? 代金はいらねぇし。つっても、こっから歩きだとかなりかかっちまうが」
「そう、ですよね」
ウィスカもどうしたものかと困り顔を返したその時、
「ワオオーン……」
遠くから、遠吠えが聞こえた。
「うっ、狼か? こんな時に! 嬢ちゃん、せめて荷台にいな!」
言いながら、御者さんは腰に下げていた銃を取り出す。
銃弾の確認をする彼を見て、ウィスカは首を横に振って魔石を取り出す。
「ちょっと、代わってもらってもいいですか?」
「ああ? 嬢ちゃん、何を?」
「私が押します。と言っても、1人じゃ難しいでしょうから」
言いながら、ウィスカは2つ3つとさらに魔石を取り出す。
「この子たちに、手伝ってもらおうかと思います」
いくつか取り出した魔石を道に並べ、魔力を込めた。
ちょっとした力を出せる存在じゃ足りない。普段は呼ばないような、大きく強い使い魔を呼び出さないといけない。
少しずつ、でも確かに力強い魔力が魔石たちに込められていく。
同時、周囲がざわめいた。大気が震え、木々が葉を鳴らし、地が揺らぐ。しかしその中心にあるのは危険な気配などではなく、むしろ穏やかな、暖かな気配がそこにはあった。
「こいつは……!」
御者が驚いた顔でウィスカを見る。
集中するウィスカは気づかないまま、少しずつ、練りこんだ魔力を形に変えていく。
思い浮かべるのは、自分よりひと回り以上大きな姿。
だが呼び出すにはもう少し魔力が足りない。もっと力を込めるには、そう、込めるには。
「強く想う、気持ち」
つい先程、夢の中で聞いた言葉が脳裏をよぎる。
昔から、祖父にも言われていた。魔力を込める時は、どうして必要なのかを考えること。大切なのは、自分がどうしたいか、魔力に納得させるイメージで伝えること。
「私は――」
荷台でまだ眠っているであろう双子を想う。
ここまで馬車を動かしてくれた御者さんのことを想う。
自分のために、そしてそれ以上にここにいる人たちのために、自分ができることは。
「さあ……力を貸してくださいねぇ」
狼の遠吠えが再び、先ほどより近い位置から聞こえる。
しかし、その声に焦りそうになるウィスカの心を、もっと大きな感情が包み込んでいた。
誰かを助けたいという慈愛の心が、場違いに穏やかな声を作り出す。
「うふふ~、それじゃあ、いってみましょう~」
魔石に込められた魔力が解き放たれる。
鶯色の光が辺りを一瞬包み込み、それが晴れた時、ウィスカの前には1体の巨人が立っていた。そして、ウィスカ自身の姿も変化していた。
青かった髪はすっかり魔力に染まり、浅緑に。力を使い過ぎた影響か、服装までもが変化している。給仕服のようにも見える、しかし可愛らしいフリルのあしらわれたどこか新緑を思わせる雰囲気の柔らかな衣服だ。
しかし、本人は変わったことなど気にしている様子もなく、巨人に指示を出していた。
「私の合図と一緒に押してあげてくださいね~」
大きな体と重い挙動で、巨人は荷台の背を掴む。
ウィスカはゆったりと歩いて馬の隣に立ち、そっと背を撫でた後、再び手綱を握った。
「では、せーのっ!」
ウィスカが合図を出すと、巨人が力強く荷台を押す。先ほどまでよりも強い力に、車輪は動きかけるものの、それ以上に軋み壊れそうな音がし始めていた。
「嬢ちゃん、それじゃ壊れちまうよ!」
御者さんが悲鳴に似た声をあげ、ウィスカはすぐに巨人を止めた。
「うーん、あ、じゃあ、これならどうでしょう?」
そう言って、ウィスカは再び魔石を取り出した。
「古くより私たちを見守りし神々よ、力をお貸しください。我らが行いに理を、正しき日々に輝きを。森羅万象の翁、今こそ審判を仰ぎます――『山紫水明』」
祝詞のような呪文を囁き、ウィスカは魔石に魔力を込める。
直後、地響きを上げながら地面が盛り上がる。
魔石を飲み込むかのように盛り上がった土と岩はそのまま人の姿を取り、新たに2体の巨人が姿を現した。
そして、ウィスカはもう一度巨人たちに指示を出す。
元々いる巨人はそのままに、現れた2体の巨人たちは荷台の背でなく、両サイドに回って荷台の下を掴んだ。
「せーのっ!」
ウィスカの掛け声と共に、巨人たちは荷台を持ち上げてしまった。宙に浮かせたまま、ウィスカは馬の手綱を引き、巨人たちはそれに合わせて進む。
数歩そのまま歩き、ぬかるみを抜けた先で巨人たちはゆっくりと荷台を道に降ろした。
「これで進めますかぁ?」
にっこりと笑うウィスカに、ポカーンとした顔で一連の動作を見ていた御者さんがハッとして頷く。
「あ、ああ! これならいけるぜ! 乗ってくれ!」
「はぁーい」
のんびりと頷いて、ウィスカは再び荷台に乗り込む。
その姿を見送るようにしてから、巨人たちは出てきた地面へと還っていった。すっかり元通りとなった道に、変化があった形跡は見受けられない。
まだ眠ったままでいる双子の隣に座ったウィスカは、数秒の後、走り出す馬車と共にまた船をこぎ始めてしまった。
ああ、これで無事次の村に辿り着けますねぇ……などと思っているうちに、ウィスカの意識は途切れた。
「うふふ~、お疲れさまでしたぁ」
「えっ、あっ、あれ?」
再び、ウィスカは真っ白な空間に立っていた。
今度は目の前に、浅緑の少女――翡翠色の翼を広げ、にこやかに笑うウィスカが一人だけいる。
「上手くできましたねぇ、ちょっと安心しました~」
「あの、私……?」
先ほどまでの自分の行動を思い返す。
あそこまで大きく力を使ったのは久しぶりだった。ウィスカにとって魔法を使うこと自体は珍しいことではないが、『翠翼』の力を大きく本格的に使うのは今までも数えるぐらいしかやったことがない。
だとしても、今回はいつもと違うようにウィスカは感じていた。
「私、あなたみたいな姿になってました、よね?」
「私みたいな、ではなく、私はあなたなんですよぉ~」
ウィスカの問いに、哲学のような答えを返す浅緑の少女。
「私たちは、あなた。あなたの中に眠る感情が、そうですねぇ、爆発した姿、とでも言えばいいでしょうか~」
「ば、爆発ですか」
「うふふ、危険なことではないですよぉ~、むしろあなたにとっては良いことですからぁ」
浅緑の少女はそっとウィスカの手を握り、優しくも力強い言葉で伝える。
「鍵はあなたの感情。あふれる想いに正直になることです。それこそがあなたの持つ『幻色』の力を引き出すのに必要なもの」
浅緑の少女はウィスカから1歩離れ、微笑んで言った。
「この先迷ってしまう時、惑ってしまった時は、自分がどうしたいか、自分の気持ちがどちらを向いているのか、意識してみてくださいねぇ。それが、きっとあなたの未来を切り開く力になるはずですから~」
そして、浅緑の少女が「では、今日はこの辺で~」と手を振ると、ウィスカの視界が光に包まれていき――
「……ちゃん、嬢ちゃん!」
「ふぇっ、へっ、あれ?」
視界が晴れると、目の前には御者さんが立っていた。
馬車の前には先に降りたらしい双子がこちらを見ている。
「よく寝てたなぁ、嬢ちゃん」
「すみません、少し力を使い過ぎたみたいだったので」
えへへ、と照れ笑いを浮かべながら、ウィスカは馬車を降りる。
「おはよう、お姉さん!」
「おはようございます。さて……」
ウィスカはたどり着いた村の入り口で、じっと村の中を見つめる。
「お姉さん、この村にはどれぐらいいるの?」
「決めてないんですよね、それが。まずは街まで出てみようかと思っていたので、一泊ぐらいでしょうか」
ウィスカの言葉に、エクリエルは少し寂しそうな顔をした。
それを見たリュミエルが、ぶっきらぼうに言う。
「……もうちょっといればいいのに」
「リュミエル、無理言っちゃだめだよ」
「でも、別に急いでるわけじゃないんだろ? なら、少しこの村を見て回ってもいいんじゃないかって思っただけさ」
つっけんどんな反応をするリュミエルだが、彼もウィスカとの別れを惜しんでいるのは誰の目にも明らかだった。
「んー、じゃあ、少し滞在してみましょうか。旅も始まったばかりですし、まずはこちらでのんびりさせていただこうかと思います」
にこり、と笑うウィスカに、エクリエルは分かりやすく顔を綻ばせ、リュミエルは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。だがわずかに見える彼の口元は緩んでいるようだ。
「じゃあ、私たちが案内するね! どうぞ!」
「俺を巻き込むなよ」
「いいから、リュミエルも一緒に! ね、お姉さん」
「はい、お願いします、リュミエルくん」
「……はぁ、分かった」
まずは宿だな、と先導して歩き始めるリュミエルと、その横に続いて歩き始めたエクリエル。二人は村の入り口に当たる門をくぐり、ふと、ウィスカの方を振り向いて言う。
「お姉さん! グラースの村にようこそ!」
「ようこそ、グラースの村に。……エクリエル、文言は守れよ」
「意味は一緒なんだからいいでしょー」
話しながら歩いて行く2人を微笑ましく思いながら、ウィスカは村を見渡す。
穏やかな気候、平和な雰囲気、そしてウィスカもなじみ深い、森や自然と共に生きる人々の気配。
ここでなら、ゆっくりと旅の行き先を考えたりできるかもしれない。
そんな予感を抱きながら、ウィスカは2人の後を追うのだった。
と、
「嬢ちゃん、立ってると危ないよ!」
後ろから声がかかった。
振り向くと、そこには御者さんが荷台の背に手を付け、力を込めて押している姿があった。
「何かあったんですか?」
「ぬかるみにはまっちまってなぁ、もう乾いてるもんだと油断してたぜ。嬢ちゃん、できたら俺の合図に合わせて馬を引いてやってくれるか?」
「分かりました!」
ウィスカは言われた通り馬車を1度降り、馬車を引く馬に歩み寄った。
「ちょっとだけ、頑張ってね」
そっと馬の背を撫でてやり、手綱を持つ。
「よし、行くぞ! せーの!」
御者の掛け声に合わせてウィスカは馬の手綱を引く。
馬は引かれる通りに前に出ようとするが、馬車は動いてくれない。どうやらすっかり泥にはまってしまっているらしく、車輪が一向に動こうとしていなかった。
泥の中に石もたくさん詰まっているようで、がっちりとハマってしまった車輪は男の人1人でも転がりそうになかった。
「うーむ参ったなぁ……ここらじゃ人を呼ぶにも遠いし……」
御者さんは困り果てた顔で馬車を見つめていた。
「どうする? このまま先に行ってもらってもいいぜ? 代金はいらねぇし。つっても、こっから歩きだとかなりかかっちまうが」
「そう、ですよね」
ウィスカもどうしたものかと困り顔を返したその時、
「ワオオーン……」
遠くから、遠吠えが聞こえた。
「うっ、狼か? こんな時に! 嬢ちゃん、せめて荷台にいな!」
言いながら、御者さんは腰に下げていた銃を取り出す。
銃弾の確認をする彼を見て、ウィスカは首を横に振って魔石を取り出す。
「ちょっと、代わってもらってもいいですか?」
「ああ? 嬢ちゃん、何を?」
「私が押します。と言っても、1人じゃ難しいでしょうから」
言いながら、ウィスカは2つ3つとさらに魔石を取り出す。
「この子たちに、手伝ってもらおうかと思います」
いくつか取り出した魔石を道に並べ、魔力を込めた。
ちょっとした力を出せる存在じゃ足りない。普段は呼ばないような、大きく強い使い魔を呼び出さないといけない。
少しずつ、でも確かに力強い魔力が魔石たちに込められていく。
同時、周囲がざわめいた。大気が震え、木々が葉を鳴らし、地が揺らぐ。しかしその中心にあるのは危険な気配などではなく、むしろ穏やかな、暖かな気配がそこにはあった。
「こいつは……!」
御者が驚いた顔でウィスカを見る。
集中するウィスカは気づかないまま、少しずつ、練りこんだ魔力を形に変えていく。
思い浮かべるのは、自分よりひと回り以上大きな姿。
だが呼び出すにはもう少し魔力が足りない。もっと力を込めるには、そう、込めるには。
「強く想う、気持ち」
つい先程、夢の中で聞いた言葉が脳裏をよぎる。
昔から、祖父にも言われていた。魔力を込める時は、どうして必要なのかを考えること。大切なのは、自分がどうしたいか、魔力に納得させるイメージで伝えること。
「私は――」
荷台でまだ眠っているであろう双子を想う。
ここまで馬車を動かしてくれた御者さんのことを想う。
自分のために、そしてそれ以上にここにいる人たちのために、自分ができることは。
「さあ……力を貸してくださいねぇ」
狼の遠吠えが再び、先ほどより近い位置から聞こえる。
しかし、その声に焦りそうになるウィスカの心を、もっと大きな感情が包み込んでいた。
誰かを助けたいという慈愛の心が、場違いに穏やかな声を作り出す。
「うふふ~、それじゃあ、いってみましょう~」
魔石に込められた魔力が解き放たれる。
鶯色の光が辺りを一瞬包み込み、それが晴れた時、ウィスカの前には1体の巨人が立っていた。そして、ウィスカ自身の姿も変化していた。
青かった髪はすっかり魔力に染まり、浅緑に。力を使い過ぎた影響か、服装までもが変化している。給仕服のようにも見える、しかし可愛らしいフリルのあしらわれたどこか新緑を思わせる雰囲気の柔らかな衣服だ。
しかし、本人は変わったことなど気にしている様子もなく、巨人に指示を出していた。
「私の合図と一緒に押してあげてくださいね~」
大きな体と重い挙動で、巨人は荷台の背を掴む。
ウィスカはゆったりと歩いて馬の隣に立ち、そっと背を撫でた後、再び手綱を握った。
「では、せーのっ!」
ウィスカが合図を出すと、巨人が力強く荷台を押す。先ほどまでよりも強い力に、車輪は動きかけるものの、それ以上に軋み壊れそうな音がし始めていた。
「嬢ちゃん、それじゃ壊れちまうよ!」
御者さんが悲鳴に似た声をあげ、ウィスカはすぐに巨人を止めた。
「うーん、あ、じゃあ、これならどうでしょう?」
そう言って、ウィスカは再び魔石を取り出した。
「古くより私たちを見守りし神々よ、力をお貸しください。我らが行いに理を、正しき日々に輝きを。森羅万象の翁、今こそ審判を仰ぎます――『山紫水明』」
祝詞のような呪文を囁き、ウィスカは魔石に魔力を込める。
直後、地響きを上げながら地面が盛り上がる。
魔石を飲み込むかのように盛り上がった土と岩はそのまま人の姿を取り、新たに2体の巨人が姿を現した。
そして、ウィスカはもう一度巨人たちに指示を出す。
元々いる巨人はそのままに、現れた2体の巨人たちは荷台の背でなく、両サイドに回って荷台の下を掴んだ。
「せーのっ!」
ウィスカの掛け声と共に、巨人たちは荷台を持ち上げてしまった。宙に浮かせたまま、ウィスカは馬の手綱を引き、巨人たちはそれに合わせて進む。
数歩そのまま歩き、ぬかるみを抜けた先で巨人たちはゆっくりと荷台を道に降ろした。
「これで進めますかぁ?」
にっこりと笑うウィスカに、ポカーンとした顔で一連の動作を見ていた御者さんがハッとして頷く。
「あ、ああ! これならいけるぜ! 乗ってくれ!」
「はぁーい」
のんびりと頷いて、ウィスカは再び荷台に乗り込む。
その姿を見送るようにしてから、巨人たちは出てきた地面へと還っていった。すっかり元通りとなった道に、変化があった形跡は見受けられない。
まだ眠ったままでいる双子の隣に座ったウィスカは、数秒の後、走り出す馬車と共にまた船をこぎ始めてしまった。
ああ、これで無事次の村に辿り着けますねぇ……などと思っているうちに、ウィスカの意識は途切れた。
「うふふ~、お疲れさまでしたぁ」
「えっ、あっ、あれ?」
再び、ウィスカは真っ白な空間に立っていた。
今度は目の前に、浅緑の少女――翡翠色の翼を広げ、にこやかに笑うウィスカが一人だけいる。
「上手くできましたねぇ、ちょっと安心しました~」
「あの、私……?」
先ほどまでの自分の行動を思い返す。
あそこまで大きく力を使ったのは久しぶりだった。ウィスカにとって魔法を使うこと自体は珍しいことではないが、『翠翼』の力を大きく本格的に使うのは今までも数えるぐらいしかやったことがない。
だとしても、今回はいつもと違うようにウィスカは感じていた。
「私、あなたみたいな姿になってました、よね?」
「私みたいな、ではなく、私はあなたなんですよぉ~」
ウィスカの問いに、哲学のような答えを返す浅緑の少女。
「私たちは、あなた。あなたの中に眠る感情が、そうですねぇ、爆発した姿、とでも言えばいいでしょうか~」
「ば、爆発ですか」
「うふふ、危険なことではないですよぉ~、むしろあなたにとっては良いことですからぁ」
浅緑の少女はそっとウィスカの手を握り、優しくも力強い言葉で伝える。
「鍵はあなたの感情。あふれる想いに正直になることです。それこそがあなたの持つ『幻色』の力を引き出すのに必要なもの」
浅緑の少女はウィスカから1歩離れ、微笑んで言った。
「この先迷ってしまう時、惑ってしまった時は、自分がどうしたいか、自分の気持ちがどちらを向いているのか、意識してみてくださいねぇ。それが、きっとあなたの未来を切り開く力になるはずですから~」
そして、浅緑の少女が「では、今日はこの辺で~」と手を振ると、ウィスカの視界が光に包まれていき――
「……ちゃん、嬢ちゃん!」
「ふぇっ、へっ、あれ?」
視界が晴れると、目の前には御者さんが立っていた。
馬車の前には先に降りたらしい双子がこちらを見ている。
「よく寝てたなぁ、嬢ちゃん」
「すみません、少し力を使い過ぎたみたいだったので」
えへへ、と照れ笑いを浮かべながら、ウィスカは馬車を降りる。
「おはよう、お姉さん!」
「おはようございます。さて……」
ウィスカはたどり着いた村の入り口で、じっと村の中を見つめる。
「お姉さん、この村にはどれぐらいいるの?」
「決めてないんですよね、それが。まずは街まで出てみようかと思っていたので、一泊ぐらいでしょうか」
ウィスカの言葉に、エクリエルは少し寂しそうな顔をした。
それを見たリュミエルが、ぶっきらぼうに言う。
「……もうちょっといればいいのに」
「リュミエル、無理言っちゃだめだよ」
「でも、別に急いでるわけじゃないんだろ? なら、少しこの村を見て回ってもいいんじゃないかって思っただけさ」
つっけんどんな反応をするリュミエルだが、彼もウィスカとの別れを惜しんでいるのは誰の目にも明らかだった。
「んー、じゃあ、少し滞在してみましょうか。旅も始まったばかりですし、まずはこちらでのんびりさせていただこうかと思います」
にこり、と笑うウィスカに、エクリエルは分かりやすく顔を綻ばせ、リュミエルは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。だがわずかに見える彼の口元は緩んでいるようだ。
「じゃあ、私たちが案内するね! どうぞ!」
「俺を巻き込むなよ」
「いいから、リュミエルも一緒に! ね、お姉さん」
「はい、お願いします、リュミエルくん」
「……はぁ、分かった」
まずは宿だな、と先導して歩き始めるリュミエルと、その横に続いて歩き始めたエクリエル。二人は村の入り口に当たる門をくぐり、ふと、ウィスカの方を振り向いて言う。
「お姉さん! グラースの村にようこそ!」
「ようこそ、グラースの村に。……エクリエル、文言は守れよ」
「意味は一緒なんだからいいでしょー」
話しながら歩いて行く2人を微笑ましく思いながら、ウィスカは村を見渡す。
穏やかな気候、平和な雰囲気、そしてウィスカもなじみ深い、森や自然と共に生きる人々の気配。
ここでなら、ゆっくりと旅の行き先を考えたりできるかもしれない。
そんな予感を抱きながら、ウィスカは2人の後を追うのだった。